こんにちは!としさん@津久井俊彦です!
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年末という事でデータを整理していたら、たまたまウィーンの巨匠ピアニスト、イェルク・デームスがベートーヴェンのピアノソナタ110番について話している音声が見つかったので、素人翻訳ではありますが訳してみました。
※ちなみにこれは彼が考えている事のほんの一部で、それを僕のレベルにまで落として話した内容になります。
※音楽については素人の僕が意訳をするとおかしな事になるため、文の繋がりよりも直訳を意識しました。
彼から聞いた別の話もこちらにあります。
ベートーヴェンピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110
自分が子どもの時に初めてこの楽譜を先生から受け取ったんだが、当時先生は何も言ってくれませんでした。
「この楽譜を勉強しておいで。」これで終わり。もちろん私は当時この曲を理解出来るはずもありませんでした。
1楽章、2楽章。3楽章があって、フーガがあって、アリオーソがまたあって、またフーガ、回転があって・・・どうやってこれを理解したらいいんだと思い、でもこれを感じよう感じようと努力してきました。
そして最初に私が理解した事は、なぜ2つのフーガがあるのかでした。
後期のベートーヴェンにとってはバッハは神様にあたる存在で、初期のベートーヴェンは、ハイドン、それからモーツァルトの弟子でした。つまりその後人生が進むに従ってバッハの比重が大きくなっていったという事です。
私はちょうど15歳の時に、楽友協会のブラームスザールでバッハの平均律から12曲のプレリュードとフーガ、そしてこのピアノソナタ110を弾く機会がありました。この時少しだけこの曲を理解し始めていた気はしたが、もちろん全てを理解したわけでは当然ありませんでした。
ここでバッハは音楽で何を提示しているのかを考えてみましょう。
それは「神への繋がり」です。この曲は神からの流れ、つまり宗教的なものがそのままピアノソナタとして表れている。ベートーヴェンのピアノソナタでこの曲より前に信仰心のあるものは現れませんでした。モーツァルトやハイドンにもそういったピアノソナタはなかったと思います。
さて、私が世界で最初に発見したことで、これは数日前の出来事です。
(このセリフはジョークですが、一応訳しました。)
一体どの日にこの曲が完成されたのか。それは12月25日という日付だったんです。12月25日とは何か。クリスマスですね。24日の夜は子ども達にとって楽しみな時間かもしれませんが、メインのクリスマスを祝う日は25日です。
ではクリスマスとは何か。それはイエスの始まりの日、そしてイースターは十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念・記憶する日です。この12月のクリスマスからイースターまでがイエスの生涯でした。
さて、ベートーヴェンは晩年、「私の人生も大切なものだった」と考えました。
自分の人生とは一体何だったのだろうか。今わたしはどこにいるのだろうか・・・。
おそらくこのクリスマスは1人で過ごしていたと思います。普通だったら家族やみんなでお祝いしますが、彼は1人だったと思います。聴力もなく、彼のお手伝いさんが作った料理は焦げていた事でしょう。
何が言いたいかというと、つまり彼自身は料理をする事も出来ず、1人で座って、何も聞こえず、彼は言葉にしたんです。
「私の人生とは何だったのか。」
それは決して幸せではない人生、すなわち受難曲。マタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ルカ受難曲、、、そしてこのピアノソナタは「ルードヴィヒ受難曲」。
この観点から見ると、この曲の全てを理解する事が出来ます。
曲の核がわかれば全てを理解する事が出来る。
このルードヴィヒ受難曲を今から考えていきます。
ルードヴィヒは当時若かった。子どもの頃は幸せな時もあったが、あんまり幸せではない時もありました。お父さんは酔っ払いであまり家庭をうまく保ってくれなかったし、そして早めに死んでしまいました。母親も早めに亡くしています。
そして22歳くらいにボンにいた時に、ワルトシュタイン城からフランツ・ヴェーゲラーが来て言いました。
「私はウィーンのヨーゼフ・ハイドンという人をよく知っています。あなたはこれからウィーンに行って亡くなったモーツァルトの魂をハイドンから受け取ってください。」と。
これが彼にとっての大きなプロジェクトだったわけです。
こういった事からもこの1楽章はとても愛情のこもった作品だと思います。
モルダートカンタービレ、エスプレッシーボ、トンアマビータ、ザンフト、4つもこの曲が愛情深い曲なんだという事を示す言葉が書かれています。これはとても普通じゃないことだと思いませんか?
イタリア語だけではなくドイツ語も一緒に書かれているわけです。ドイツ語はベートーヴェンにとっての母国語なわけです。ですからこの1楽章は少しだけより多くの内面の表現をしてたっぷりと弾かないといけません。
最初にCから始まるこのフレーズですが、これは何でしょうか。ベートーヴェンは耳が聞こえませんでした。そして喋りも聞き取りづらいものだった事でしょう。人の声が聞こえないという事は、話すのもうまくはいかないという事です。
こんな感じだったと思います。
(聞き取れないドイツ語)
つまり彼の声は人々には綺麗には聞こえなかったんです。綺麗に話すことが出来なくなったら、人はどうしたらよいでしょうか。
それは「書く」です。要するに声で伝えられなければ書くことで伝えるという事です。ですからこの冒頭のフレーズは彼の最初の言葉、呼びかけ、挨拶なわけです。
この挨拶、「2キロのリンゴを買ってきて!」という言葉だったでしょうか。違いますね。
私はここでは「私の愛する友人よ、元気かい、今日はクリスマスだね、またあなたのことを考えているよ」という風に弾きます。これは最初の挨拶なんです。トリルも同様です。
私は若い頃の感動を少し覚えています。誰かに恋をした時は、手紙、ラブレターを書きますが、最初の挨拶は特に美しく書きますね。また最初の大文字をとても美しく目立つように書いたり、挨拶の最後の部分にもやはり見た目に工夫をします。愛を綴った手紙の最初の美しい挨拶のように冒頭は弾くのです。
Beethoven: Piano Sonata Op110 Jörg Demus終わりに
「音がどう」みたいな事ももちろんあるとは思いますが、曲の核、いわゆる根本の部分でここまで考えるんだなと思ってしまいますよね。
短い期間でしたが、ウィーンで彼と生活していた時にはこんな話を毎日聞いていました。
「楽譜の好きな”音符”を1つ指さしてみろ。全てに意味があってどれでも私は説明できる。」と言われて、ちょうど良い”休符”があったので指さしたら、笑いながらやはりこの記事と同じような説明をしてくれたのも良い思い出です。
たらればの話にはなってしまいますが、当時のドイツ語のレベルがまだ低かったのが本当に悔やまれます。彼はドイツ語のレベルまでも僕に合わせて説明してくれていました。
彼から学んだ事を胸に前を向いていきます。
音源が見つかったらまた記事にしますね。
読んで頂きましてありがとうございました。
としさん@としさん
続きはこちら
【ピアニストの言葉②】ベートーヴェンピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110②
↑彼の山荘からの秋の眺め