ウィーン音大教授とピアノの先生に聞いてみた①としコラボVol.2-1

こちらの動画を文字に起こしたものです。

M:マティアス・トラクセル教授
C:カルメン先生
T:としさん

ピアノのための音楽教育学とは何ですか?

M:職業としての音楽家を目指すための学科の1つです。
ここで学ぶ学生たちは、いつか音楽学校や大学などに就職することになるでしょう。それは課程によって様々な道があります。
例えば中学・高校で音楽の授業(楽典)を教えるための課程などです。

T:それは音楽の先生ですか?それともピアノの先生ですか?

M:音楽の先生、専門としてのピアノの先生として両方です。
そのほかにもちろん音楽学校で仕事をするための課程もあります。

そこで注意しなければならないのは芸術課程(演奏すること)と教育課程(教えること)を
分けて考えないこと。

これらは全く別のものとして考えられるべきではありませんし、音楽教育学がただの職業訓練であってはなりません

舞台の上で演奏するようないわゆる芸術的な面と、“教える”という教育的な面が繋がりを持つことが理想だと私はいつも考えています。

これらは元々繋がりのあるもので、区別するべきではありません。私は演奏するだけ、私は教えるだけ、こういった偏りのある考えになってしまいます。
今日ではよく誤解されていることですが、私はこれをいつも主張しています。

C:オーストリアでは趣味にしてもプロを目指すにしてもピアノを弾く子供はまず音楽学校へ行くのが普通です。他の国ではコンセルヴァトリウムと公立の音楽学校に分かれています。
音大には例外的に才能ある子どもたちのためのクラスがありますが、基本的にはオーストリアでは最初はみんな街の音楽学校へ通います。

この場合、趣味としてピアノを弾く子どももいれば、将来音楽を仕事にしたい子どももいるわけです。
つまり私たち先生はその両方を教えられないといけないということになります。

ピアノのための音楽教育学学科では何を学びますか?

M:全般的な音楽の知識など広範囲に渡ってたくさんのことを学びます。
それはピアノレッスンだけではなく、多くの理論的な科目、例えば心理学などもあります。

C:演奏以外にそれぞれ重点的に学ぶ科目を選ぶので、それは指揮であったり、人によっては幼児教育だったりします。

M:古典的な音楽理論、つまり聴音、和声学や音楽史などもあります。とにかくとても広い範囲で学びます。

カルメン先生はなぜ音楽教育学で学ぶことを選んだのですか?

C:私はまずスペインでコンサートピアニスト科で学んだんですが、その時に子どもたちと音楽を学ぶ、あるいは教える時間がとても喜びのあるものでした。ただスペインでは当時音楽教育学がなかったのでこれを勉強したくてウィーンに来ました。
ちなみに現在はスペインでも学ぶことができます。

特に印象に残っている授業はありますか?

C:私にとってはすべての科目が興味深いものでしたが、あえて言うとすればコーラスと指揮。特に指揮は今まで経験のないもので、こういったことを学べたことは私にとってとても貴重なことだったと思います。

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ピアノを弾く時の”手のかたち”については、小さな子にも言い続けたほうがいいのでしょうか

C:手のかたちは習い始めの時からとても大切なことだと思います。もちろん何度も言わないといけません。子どもは忘れやすいものですからね。

ただ、あまりうるさく言ってはいけない時期もあると思います。
ピアノを弾く時に手のかたちのことばかり考えるようになってしまっても困りますから。

この辺りのバランスは私たちにとってやはり難しいものではありますが、レッスン中はいつも手のかたちには気を付けてあげるべきだと考えています。
ちなみに私の一番若い生徒は5歳です。

M:私はここではあえて音大生について話しましょう。まず手のかたちに関しては様々な要因があります。骨格も人それぞれ違うので、全ての人が同じ弾き方で演奏するのは物理的に不可能です。

私としては、その人の自然な身体の動かし方というものを観察する必要があると考えています。

そしてうまくいっているのであれば私はそこまで多くは言いません。もちろん極端な場合は除きます。明らかに見た目から違和感がある場合には直してあげないといけません。ですが、それ以外の時には出来る限りはそのままにしておくのが良いでしょう。全員が同じ手のかたちで弾く必要はないのです。

そして私が思うに、生徒に対して教師がある決まった弾き方を強制することは絶対にいけません。大体これをするとうまくいきません。ピアノを弾くときに変な力が入ってしまいます。

自分の弾き方に辿り着くには多くの時間を必要とします。

シュナーベルはかつて、本人にとって自然な手のかたちで演奏しなければならないという言葉を残しました。
私はそれは正しいと考えています。

続く・・・。